MH21-Sロゴ 砂層型メタンハイドレート研究開発

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生態系への環境影響について

メタンハイドレート開発における環境影響

 2001~2018年度にかけて実施された「我が国におけるメタンハイドレート開発計画」(以下、開発計画と略します)のフェーズ1の初期の段階では、それまで海洋におけるメタンハイドレートからのガス生産の事例が無かったため、メタンハイドレート開発において具体的にどのような環境影響が生じるか、ということは理論とそれに基づいた予想によるしかありませんでした。

 このため、2009~2018年度のフェーズ2~3に実施した第1回および第2回海洋産出試験の計画をベースに、環境影響を及ぼす要因(活動)を抽出し、その要因に伴って生じる可能性のある環境影響の想定を行いました。具体的な環境影響を想定するために、メタンハイドレートが存在している場所や生産手法をもとにした考察に加え、海外で実施されている海洋での石油や天然ガスの開発で報告されている環境影響を参考にしました。そして、想定された環境影響の程度を予測し、実際のガス生産の前後にかけて環境調査や環境モニタリングを行い環境影響に係るデータを取得することにより、実際にどのような環境影響が生じるかを確認しています。

 海洋産出試験は2回実施していますので、このような検討を繰り返し行うことで、想定される環境影響の見直しを進めています。

環境影響を評価するための取り組み

環境影響を評価するための取り組み(イメージ)

 これまでの検討を通じて、メタンハイドレート開発で想定しうる主な環境影響として次の2点を重要項目として抽出しました。

  1. 海底面からのメタンガスの漏洩による海底の生物と地球温暖化への影響
  2. 生産水の海洋放流による周囲の生物への影響

 その他にも将来の商業生産を見据え、環境への配慮として不備の無いように、既に行われている石油や天然ガスの開発と共通する環境影響についても検討を行いながら、研究開発を進めています。

また、環境影響ではありませんが、様々な事象に対する知見を深めるために、「地層変形計測を通じたジオハザードの予測・検知」に係る取り組みも進めています。

メタンハイドレート独自の影響

1. 海底面からのメタンガスの漏洩による海底の生物と地球温暖化への影響

キーポイント
  • メタンは地球温暖化を促進する物質です。
  • 水深500m以上の深海底の地層の中で生産されたメタンガスが、事故などの何らかの原因で漏れた場合に、最終的に大気まで到達するか、また、到達する可能性がある場合、どの程度の量が到達するのかを把握することが重要です。
  • 石油や天然ガスの開発では、事故の際に井戸などの設備から漏れてくる原油の環境影響が問題となっています。
  • メタンは原油とは異なるため、原油事故と混同することなく、メタンが漏れた場合の環境への影響を適切に把握することが重要です。

 メタンハイドレートは海底面から浅く比較的軟弱な地層の中に存在しています。このため、開発計画の初期の段階では、生産したメタンガスが何らかのルートを通って海底面から大量に漏れてくる可能性が考えられていました。メタン は地球温暖化係数が二酸化炭素の約25倍あるため、仮に、漏れたメタンガスが海水中を上昇し、大気まで到達した場合には、地球温暖化を促進することになりかねません。

 このため、海底面からメタンガスが漏れ出た場合に、どの様に海水中を拡散し、海面まで上昇するか否かをシミュレーションで予測しています。その結果、海底に漏洩したメタンガスは多くが海水に溶け込んでしまうため、第1回および第2回海洋産出試験の規模の作業でメタンハイドレートが分解したガスが海底から漏洩しても、大気まで到達する量は極めて少ないことがわかっています。

 温暖化への影響に対する検討に加えて、海の生き物に与える影響も考える必要があります。石油・天然ガス開発においては、井戸から大量に原油 (石油に精製する前の状態)が漏れるような事故が発生して環境汚染や海の生き物への影響が生じた例が報告されています。原油はその物理的・化学的な性質により、大量に漏れると海に生息する生き物にまとわりついて呼吸や体温の調節を阻害するなど、様々な環境影響を及ぼします。一方、メタンは可燃性ガスですので、陸上で使用する際には火災や爆発の防止など安全面で十分な配慮が必要ですが、海に生息する生き物への環境影響については十分な知見はありませんでした。

 このため、高濃度のメタンが溶け込んだ海水で海の生き物を培養することにより、どのくらい健全に生育できるかを確認しました。海の中には様々な生き物が生息しているため、海の中をただよい生息する「プランクトン(浮遊生物)」と呼ばれる生き物や、海底の泥の表面や泥の中に生息する「ベントス(底生生物)」 と呼ばれる生き物など、異なる生活様式で生息している様々な生き物を培養し、その影響を調べました。その結果、極めて高い濃度のメタンが溶け込んだ海水でも海の生き物への影響はなく、メタンが漏れても海の生き物への影響はほとんど無いことがわかりました。

 さらに、第1回および第2回海洋産出試験では、ガス生産実験の前、生産中、生産後にかけて井戸の周りの海水中のメタン濃度を測定しています。その結果、環境に影響を与えるようなメタン濃度の上昇は確認されませんでした。

 MH21-Sでは、より商業生産に近い規模のガス生産試験等を見据え、今後も、海底面からのメタンガスの漏洩に関するシミュレーション予測やモニタリングに関する研究開発を進める予定です。

シミュレーションの概念(左)と計算結果例(右)

シミュレーションの概念(左)と計算結果例(右)

この計算結果は、1時間に36m3 のメタンガスが海底から2時間漏洩した場合のメタンガスの水中での濃度を示す。水深1,000mから漏洩したメタンガスは、水深600mに上昇するまでに海水に溶け込み、それよりも上部にはガスとして上昇することはなかった(この計算では、平均的な海水の流れの速さと向きを仮定し、ガスの気泡サイズを直径5mmとした)。

海の生き物を用いた試験の様子

海の生き物を用いた試験の様子

(左写真:試験した生物)①マダイの稚魚、②動物プランクトンの1種、③魚の受精卵、④植物プランクトンの1種

(中央写真:培養の様子)生物の成長条件により容器や方法を変えて培養している
(①マダイの稚魚の培養、②魚の受精卵の培養、③植物プランクトンの培養)

(右写真:顕微鏡での観察)生物のサイズに応じて適した倍率の顕微鏡で、生物の生育状態を観察します。

2. 生産水の海洋放流による周囲の生物への影響

キーポイント
  • 石油・天然ガスの開発でも混ざっていた水を分離して放流することがありますが、メタンハイドレートではこの水の量が比較的多くなると考えられます。
  • 生産水を海に放流する場合には、排水基準を守ることに加え、海に生息する生き物への影響を考える必要があります。
  • メタンハイドレートからの生産水の量や成分は石油・天然ガスの開発とは異なっているので、それらを把握したうえで環境への影響を考えることが重要です。
  • 生産海域にもよりますが、メタンハイドレートから発生する生産水には、石油の場合とは異なり、油分は含まれず、重金属類などの有害物質の濃度も低い可能性があります。
  • 一方で、アンモニウムイオンのような栄養塩類を多く含んでいる可能性があり、それを利用する海の生き物の増減を把握することが重要です。

 メタンハイドレートはメタンと水分子で構成されているため、メタンハイドレートが分解するとメタンガスとともに水も発生します。メタンハイドレートからのガス生産時には、この水は地層の中にもともと存在する水と混合して、「生産水」として生じることになります。開発計画の初期の段階では、この生産水は海水よりも塩分が低く、温度も低いことが予想されていました。海水中をただよって生活しているプランクトンなどの生き物は、塩分や水温の変化に敏感な生き物が多いため、この様な生産水を大量に海洋に放流した場合には、それらの生き物への影響が懸念されていました。

 これまで、実際に生じる生産水の成分に関する知見はありませんでしたので、第1回および第2回海洋産出試験で、生産水の成分を分析しました。その結果、実際の生産水は、地層の中にもともと存在する水と混合することから、自然海水とほぼ同じような塩分となることがわかりました。また、生産水を海の表層から放流する場合には、海底の井戸から海上の生産設備に水を汲み上げる過程で温度が上昇し、放流時には海の表面の水と同じような水温になることも確認できました。さらに、予想された通り、石油や天然ガスの開発で生じる生産水とは異なり、原油に由来する成分が含まれず、また、重金属などの有害物質の濃度も十分に低いことがわかりました。

 このような実際の生産水の成分をもとに、海水の動きを計算できるシミュレーションにより、放流した生産水がどの様に海水中を広がっていくかを予測しました。その結果、第1回および第2回海洋産出試験での小規模な放流では、生産水は速やかに薄まりながら広がっていくため、放流地点のすぐ近くまでにしか影響がないことがわかりました。

 その一方で、生産水にはアンモニウムイオン(NH4)が自然海水よりも多く含まれることもわかりました。アンモニウムイオンは窒素(N)と水素(H)で構成される物質で、植物プランクトンの栄養源になる「栄養塩類」と呼ばれる物質の一つです。植物プランクトンは太陽の光を使って光合成を行うとともに、この栄養塩類を細胞の中に取り込んで成長するため、生産水を海に放流した場合には、植物プランクトンの成長に与える影響を考える必要があることもわかりました。

 このように生産水の成分はいろいろな形で生き物に影響を及ぼしますが、その影響は食物連鎖を通じて海洋の生態系全体に広がる可能性があります。そのため、植物プランクトン以外にも、植物プランクトンを食べて成長する動物プランクトンや、これらのフンなどの排せつ物や死がいを利用する微生物など、相互に繋がりがある生き物の増加や減少も同じように考える必要があります。このため、これらの相互関係を詳細に計算することが可能な「生態系モデル」というシミュレーションを用いた検討を進めています。

 MH21-Sでは、より商業生産に近い規模のガス生産試験等を見据え、今後も、生産水の海洋放流に関するシミュレーション予測や海の生態系への影響予測に関する研究開発を進める予定です。

生産水の拡散予測例

生産水の拡散予測例

この計算結果は、1日に500m3の生産水を掘削リグの船底部(↓)から放流した場合のアンモニウムイオン中の窒素の水中での濃度を示す。放流後に速やかに薄まりながら広がるため、アンモニウムイオンが自然海水中の濃度よりも高濃度となる範囲(図中の赤線の範囲)は、放流地点から約100mの狭い範囲に留まっている(この計算では、動きを平均的な海水の流れの速さで一定方向(→)に流れる条件としている)。

生態系モデルのイメージ

生態系モデルのイメージ

海洋の生態系ではバクテリア・プランクトン・ベントス・魚類など様々な生き物が関わって食物連鎖で繋がっている。
海の生き物に限らず、生き物の体は炭素や窒素といった物質でできている。
生態系モデルでは、これらの炭素や窒素が生態系のなかでどの様に変化していくかを計算する。

3. 地層変形計測を通じたジオハザードの予測・検知

キーポイント
  • 地層中のメタンハイドレートを分解しガスとして生産すると、メタンハイドレートが存在している砂層の体積が圧縮することにより、地層の変形が生じることが予想されます。
  • 地層の変形とともにガスの発生による圧力変化も生じるため、その結果、地層が破壊され、海底地すべりのようなジオハザードなどが生じる可能性があります。
  • メタンハイドレートの分解により、大きなジオハザードに繋がるような地層の変形が生じるかどうかを把握するために、海底面の変形などをモニタリングすることが重要です。

 私たちの研究開発対象であるメタンハイドレートは「砂質層孔隙充填型」と呼ばれるタイプで、砂層の中の砂つぶと砂つぶの隙間をメタンハイドレートが埋めている形で存在しているものです。地層中のメタンハイドレートを分解させると、砂つぶ同士に加わる力が大きくなって噛み合わせが変わったり、粒子が破砕したりして、隙間が小さくなり、全体の体積が圧縮して、その上部の海底面が沈下することが予想されていました。また、そうして生じる地層の変形やガスの発生による圧力変化が地層中の応力(固体を歪ませる力)を変えることで、地層の破壊を生じさせて、海底地すべりのようなジオハザードを引き起こしたり、メタンガスが漏れ出すルートを新しく作り出したりする可能性が考えられます。

 このため、メタンハイドレートの分解により、地層がどのように変形するのかを実測するため、海底面の変形を計測することにしました。

 水深1000m程度の深海で海底面の沈下を測ることが可能なモニタリング技術はありませんでしたので、新しい方法として、精度の高い圧力計を井戸の周辺に配置して、水の圧力の変化を通じて水深を正確に計測し、ガス生産前から生産開始以降の変化を調べることで、井戸近くの海底面の沈下量を計測する方法を検討しました。圧力計の他に、方位計と傾斜計を使用することで、海底面の沈下量に加え、海底面の傾斜の変化も計測することが可能なモニタリングシステムを開発しています。第1回および第2回海洋産出試験でのモニタリング結果から、開発したモニタリングシステムにより、水深1000m程度の深海底で約1年間の連続した計測が可能なことを確認できています。

 なお、2回の海洋産出試験でのモニタリングデータでは、井戸の近くで計測された海底面の沈下量は計測できる限界値未満(約5cm未満)であり、検知できるレベルの海底面の変化はありませんでした。

 MH21-Sでは、今後も、より商業生産に近い規模のガス生産試験等を見据え、地層変形のモニタリングに関する研究開発を進める予定です。

地層変形モニタリングシステム

地層変形モニタリングシステム
地層変形モニタリングシステムには、設置地点の水深の変化を計測するための
圧力計や、海底面の傾きを計測するための傾斜計を搭載している。
写真(上):広範囲に調べるためのモニタリングシステム。
井戸から離れた遠い場所にも置きやすいように小さいサイズにしている。
写真(下):井戸の近くの変形を調べるためのモニタリングシステム。
井戸の周りの作業などによる何らかの動揺を受けにくいよう、大きいサイズで山状の形にしている。

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