メタンハイドレート開発と環境


MH21が研究する環境分野研究

平成13年7月に発表された「我が国におけるメタンハイドレート開発計画」の目標の中に、本開発計画での環境研究について以下のことが書かれています。

「環境保全に配慮した開発システムの確立」

MH21は「メタンハイドレート開発と環境影響評価は一体のもの」と考えて、商業化のために必要な環境に関する研究を行います。また、MH21はメタンハイドレートに関する専門家の集団です。世界中で発表されるメタンハイドレートに関わる自然発生的環境リスクに関する文献を探り、専門家の立場からそれを一般の方々に説明することも、MH21のタスクのひとつと考えています。


メタンハイドレート開発と環境について(前提)

メタンハイドレート開発によって、どのような環境リスクが生じるのでしょうか?それを考えるには、以下の3つが決定していなければなりません。

  1. どのような状況で存在しているメタンハイドレート層を開発するのか(メタンハイドレート賦存状況)
  2. どのようにメタンハイドレートからメタンガスを生産するのか(生産手法)
  3. どのような機器・設備で開発するのか(開発システム)

フェーズ1開始当時の平成13年度、上記の3つについてはフェーズ1における研究対象項目となっていたため不明でした。したがって、フェーズ1では環境モニタリングに関する以下の基礎的な研究を重点的に実施しました。

  1. モデル海域とした東部南海トラフの海域環境調査
  2. 予想される環境リスクを計測するためのセンサーの開発
  3. 予想される環境リスクの重要性を予測するためのシミュレーション


フェーズ1の成果

(1)モデル海域とした東部南海トラフの海域環境調査
開発によって環境が変化したかどうかを見極めるためには、開発前のその海域の環境を詳細に調べなければなりません。元の環境をベースラインと呼びます。

ただし、自然は周期的に、また、季節的に変動します。また、例えば東部南海トラフという狭い範囲であっても、地域によって変動が見られます。

したがって、ベースラインを見極めるためには、長期的、継続的、そして、地域的な環境調査を行わなければなりません。

フェーズ2に実施予定の海洋産出試験をにらんでフェーズ1では、平成15年度から平成19年度にかけて、継続的な東部南海トラフの海域環境調査を実施し、同海域のベースラインを調査しました。得られた膨大なデータは、フェーズ2で実施される海洋産出試験の環境影響調査や環境モニタリングにとって重要なベースラインデータとなります。

海域環境調査での調査項目
海域環境調査での調査項目

(2)予想される環境リスクを計測するためのセンサーの開発
前述の通り、フェーズ1当初、メタンハイドレート賦存状況、生産手法、開発システムが不明であったため、メタンハイドレート開発においてどのような環境リスクが潜在するかは不明なままでした。

そこで以下の環境リスクを仮設定し、海洋でその変化が測定できるセンサーの開発に着手しました。このセンサーはフェーズ2で実施される海洋産出試験や将来の商業化開発で使用されることを意識したものです。

  1. 海底面からのメタンガス漏洩
  2. メタンハイドレートは海底面から浅いところに存在するため、生産したメタンガスが海底面から漏洩する可能性があることが予想されました。

  3. 地層変形(地盤沈下、海底地すべり)
  4. メタンハイドレートを含む地層のメタンハイドレートを分解させると地層の特性が変化し、地盤沈下や海底地すべりが生じる可能性があることが予想されました。そこで、地層変形の度合いを測定するセンサーの開発に着手し始めました。

(3)予想される環境リスクの重要性を予測するためのシミュレーション
予想される環境リスクがどのような規模(重要性)で生じるかは、実際に開発を行わなければ分かりません。しかし、環境リスクの規模を知ることは非常に重要です。

そこでフェーズ1では、環境リスクの規模を予測するシミュレータの開発に着手しました。フェーズ2では、海洋産出試験で得られたデータ等をもとに、シミュレーションの精度を高めていく予定です。

以上のフェーズ1で実施した環境系の研究内容をまとめると、下図のようになります。

フェーズ1で実施した環境影響評価研究
フェーズ1で実施した環境影響評価研究

MH21がフェーズ1で実施した環境研究に関する詳細については、以下をご参照ください。

荒田直・鋤崎俊二・傳田篤・粟島裕治・岡田陽(2009): 「我が国におけるメタンハイドレート開発計画」における環境影響評価にかかわる研究開発のフェーズ1 の成果概要, 石油技術協会誌, 74(4), 350-359.
荒田直・斉数恊 (2008): メタンハイドレート資源開発を対象とした環境影響評価にかかわる研究概要, 海洋と生物, 30(4), 437-443.


フェーズ2における環境リスクの再考

フェーズ1の研究により、フェーズ1開始当初には不明だった以下のことが、分かってきました。

  1. 開発対象となるメタンハイドレート賦存状況
  2. 砂層中に存在するメタンハイドレートで構成されているメタンハイドレート濃集帯

  3. 生産手法
  4. 減圧法主体

  5. 開発システム
  6. 石油・天然ガス開発で使用されている既存の機器・設備の利用および改良で対応可能

以上のことから、メタンハイドレート開発に関わる潜在的な環境リスクについて、その発生の可能性と規模についてある程度予測できるようになってきました。

(1) 海底面からのメタンガス漏洩
減圧法では、生産井である井戸の圧力が低く、地層内の圧力が高い状態になっています。したがって、メタンハイドレートから分解したメタンガスは井戸の方向に向かって流動します。

また、加熱法のように熱を加えると地層内が高圧化しメタンガスが様々な方向へ移動したりする可能性がありますが、減圧法にはその心配はありません。したがって、生産中の海底面からのメタンガス漏洩という環境リスクは小さいと考えています。

(2)地盤沈下
開発対象となるメタンハイドレート濃集帯は、砂層の中にメタンハイドレートが含まれているものであり、砂層の砂粒子と砂粒子の隙間を小さなMH粒子が埋めているものです。

メタンハイドレートが分解したとしても砂粒子の骨格構造はほとんど変わりません。したがって、メタンハイドレートが存在する深海域に大きな影響を与えるような地盤沈下は生じないと考えられます。

(3)海底地すべり
メタンハイドレートを含む地層でメタンハイドレートが分解した場合、その地層の強度などの地盤特性が変化することは分かっています。しかし、メタンハイドレート分解によって海底地すべりが生じるかどうかという疑問に対する答えは世界的に見てもまだ結論が出ていません。

一時期、北海に存在する大規模地すべりであるストレッガ地すべり発生の主原因がメタンハイドレート分解であることが言われていましたが、現在は否定的な意見も多くなりました。

海底地すべりは海底傾斜地で起き、平坦に近い海底地形の場所では生じません。MH21では、メタンハイドレート分解と海底地すべりの関係が明らかになるまで、海底地すべりが起きないと考えられる海底地形の場所での試験や開発を行えばいいと考えています。

MH21のモデル海域である東部南海トラフでも、そのような場所は多くあります。

(4)生産水の処理
メタンハイドレートが分解するとメタンガスが発生するとともに水が発生します。減圧法では、メタンハイドレート分解によって発生した水も生産することになります。

この生産水の量は大量になると現在では考えられており、その処理が必要となります。処理方法としては、生産水を陸上に輸送する方法、海中に放出する方法、地層内に圧入する方法が考えられます。コストを考えれば、海中に放出する方法が一番経済的です。したがって、将来のメタンハイドレート開発を考えれば、海中に放出する方法が一番良い方法です。

メタンハイドレートが存在する地層は海底で堆積した地層なので、地層内に存在する水は昔の海水であり、現在の海水とほとんど成分は変わりません。また、東部南海トラフのメタンハイドレート層は油分や重金属分を含まないことが分かっています。したがって、基本的には海中に放出しても環境に影響を与えないと考えられます。

ただし、生成水は、塩分濃度が海水よりも低く、冷たいことが予想されています。これらをそのまま海中に放出しても環境に影響はないか、生産施設でどのような処理を行ってから放出すべきかなどをフェーズ2では検討する予定です。


フェーズ2における研究

以上のように、現在考えられるメタンハイドレート開発に関わる環境リスクの環境に対する影響は小さいと考えられます。しかし、MH21は、予想される環境影響が発生するかどうか?発生すればどの程度の規模なのかを海洋産出試験を通して確かめる予定です。

フェーズ2では、2回の海洋産出試験が予定されており、上記の環境リスクについてモニタリングを行う予定です。海洋産出試験の試験期間は短いため環境リスクの規模は非常に小さいと考えられますが、微細な変化を捉え、メタンハイドレート開発のための基礎データにする予定です。

フェーズ2における環境研究のスケジュールを下図に示します。

フェーズ2における環境研究スケジュール
フェーズ2における環境研究スケジュール

世界各国でメタンハイドレートに関する開発研究が行われていますが、開発に関わる環境研究を上記のように体系的に行っているのは日本だけです。世界でも例がないチャレンジングなテーマをMH21は進めようとしています。

東部南海トラフにおけるメタンハイドレート開発と環境リスクについてのMH21の現在の考え方は以下の文献にまとめられていますのでご参照ください。

山本晃司・長久保定雄(2009): 東部南海トラフのメタンハイドレート開発と環境リスク, 月刊地球 総特集「西太平洋のガスハイドレートとメタン湧水」, 31(9), 476-485.